うちの父は56歳の時にこの病気を発症し、59でほぼ寝たきりになり、64で亡くなった(このブログ上の投稿日は父の命日としており、記事はその後に綴ったものだが、敢えてそう設定)。
最初は、趣味のソフトボールで簡単なキャッチボールが取れなくなったこと、運転中にめまいに似た感覚が抜けないことから、いくつか病院を渡り歩き、この診断となった。
病気の詳細はWikipediaなどを参照いただくとして、簡単に言うと、小脳を中心に委縮し、自立神経系が全く機能しなくなる病気。一方で、意識や考える方の大脳には影響しないだけに、悶々と考える時間をおよび絶望を与える病気である。罹患する割合は5万人に1人などと言われている、国指定の難病の一つ。小説「1リットルの涙」で主人公が罹患した病気として取り上げられたが、ALSやパーキンソン病に比べると認知度は低い。
老後を楽しむことなく寝たきりになり亡くなっていった父のためにも、「人生を楽しめる時に存分に楽しもう」と決意を新たにした次第である。私のブログは基本的に趣味の内容、楽しんだことを自分自身楽しみながら綴ってきたが、2019年12月28日のNHKスペシャルを再放送をたまたま視聴し、多系統萎縮症元患者の家族として書き留めておかずにはいられなかった。また、将来この病気に関して解明が進むことを願う。世の中はわからないことだらけ。
神経難病の情報交流サイト: http://nanbyo.org/
この病気に関連し、安楽死について問いかけたNHKの番組を見入ってしまった。以下に、48歳で多系統萎縮症が判明し51歳で安楽死を選択した小島ミナさんの言葉を3つ紹介するが、どれも重い。
『私のような患者がいることを伝えて、安楽死の議論に一石を投じて欲しい』
→難しい問題だから、と日本ではタブー視し思考停止のまま進んでいないのがダメで、政治家も自分事として考えようとしていない。政治家は真面目に議論しろ。
『2つの覚悟が必要なんです。1つは死ぬ覚悟。もう1つは寝たきりになる覚悟。私は後者の方が怖い。排泄の処理までしてもらっても、ごめんねもありがとうも言えない。その覚悟の話をした時に、姉たちは理解してくれました』
→番組ではミナさんの若かりし頃の写真が何枚か出るが、美人薄命と言ったら失礼かもしれないが、とても美人で聡明な方。病棟で複数回自殺未遂されたというように、凄まじい心の葛藤も想像に難くない。
海外の大学に留学し通訳として身を立てられたミナさんの半生、病気判明後スイスの団体に連絡取り自分が自分であるうちに死を勝ち取り、死の瞬間までカメラが入ることをOKされたこと、そこまでの全ての行動力がとにかく凄いなと思った一方で、どんな姿になろうとも最後まで闘いきる意思を示した鈴木道代さんの選択も勇気ある。両方の考え方が認められて良いと思う。
更に言うと、将来を悲観しての自殺や自暴自棄起因の理不尽な殺人事件が現にゼロにならないこのご時世、人に迷惑かけるくらいなら安全安心確実に死ぬ権利がなぜ認められないのか、とも考えてしまう。自殺はよくて(よくはないんだろうが事実上黙認というか少なくとも自殺自体は罪には問われない)なぜ安楽死はダメなのか、どうも釈然としない。
うちの父は在宅介護だったが、病気判明後1年弱でリハビリのウォーキングができなくなり車椅子生活、3年程で寝たきりに、晩年は頻繁に痰吸引が入り、胃ろうから栄養を取り、2日に1度全裸にさせられ入浴し、看護師にオムツ交換させられ、肛門をホジられて無理やり大便を出す、その他は天井だけを見る日々。指はくの字に曲がり、床ずれも痛々しかった。これらのどこに、人間としての尊厳があろうか。まさにミナさんが想像される通りの結果で、これでは誰もが自殺したくなるよ。。
生きてればいいことがある、とよく言われるが、この病気を前にしたらそんなの単なるきれいごとにすら思える。毎日衰えを目の当たりにして家族もつらかった。どうして父が、死刑囚以上に絶望的な、こんな目に合わなならんのだとも思った。伝の心など意思疎通ソフトの導入も試みたが、進行の早さに本人も早々諦めた。後は寿命尽きるまでただ天井だけを見る日々。。最後は夜中に大きく「ふぅ」と息をついて亡くなったという。ようやく絶望から解放されたのだと解釈している。後で母に聞くところによると、最後どうなっていくのかというのを理解し、母の前ではよく泣いていたという。
『人間なんていつ死んでも今じゃないような気がするの 』
→永遠に生きられないからこそ人生ということか。。富裕層も独裁者も社長も国賓も平民もそこはある意味平等。本当に重い言葉だと思う。
関連リンク
NHKスペシャル「彼女は安楽死を選んだ」
番組紹介: https://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20190602
小島ミナさんのブログ: https://ameblo.jp/mugikate
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生きる意味を考えさせられる一本
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この安楽死のプロセス、ミナさんと同じだ。多系統萎縮症で亡くなった父を見てきた俺からすると、安楽死の制度は大賛成。せめて、死にたい権利を安全・安心に行使できるというのも人権だと考える。 綺麗事言ったって自殺は至る所で遂行されているのが事実。海外で日本人が安楽死していることも事実。 この問題は、白か黒か言ってたらずっと平行線。少なくとも選びたい人は選べるようにしたら、ということ。臓器提供意思と一緒。いざとなれば、という心のセーフティーネットがあることでもう少し頑張れる人も居る。
(2023/11/16)
誰もが早かれ遅かれ死ぬんだから、死に急ぐことはないんだろうけど、そこまで追い込まれている人も居ることは確か。自殺して結果的に他人に迷惑かけたり、自暴自棄になって「自分から自殺はできないけど、死刑になりたい」とか言って人殺したりするのなら、自分の意思で安心安全に死ねるという制度の存在価値は十分ある制度だと思う。 ただ、シャボットさんの言う『安楽死という表現は主観的過ぎるので、本人の意思に基づく生命の終結 などと中立的な表現にした方がいい』には賛成。
→父が患った多系統萎縮症もまさに同じ病気。自分の場合は父からは孤発性(遺伝性ではない)とは聞いてるが、気になるところ。やりたいことを全力でやらないとと思わせる記事!岩崎恵介さんに深く共感。応援したい。